『 美を守るー絵直し稼業 』  

  

      黒江光彦著 玉川大学出版部 1260円




筆者は美術史家で油絵修復の第一人者である。自伝を交え、修復のエッセンスについて触れている。芸術に関わるには芸術に対する愛情が最も大切であることを考えさせられる。
 修復の技術書でもなければ、解説書でもないが、油絵の修復の手順が懇切丁寧に説明されている。修復技術者は美的判断を停止した人間でなければならない。美の優劣ではなく、損なわれている作品すべてが修復の対象である。オリジナルを損なわないように、修復後、誤った修理であることが分かった時に、楽に除去できることが大切である。素材についての知識や取扱いについての経験の積み重ねだけではなく、個々の技法を組み立てて自分のシステムを作り上げる事が必要であると述べている。
 作品の本来の姿を人の眼前に顕示する事が修復の眼目なので、現状保存に徹する立場が必要である。剥離、剥落、亀裂などの損傷を、これ以上に進まないように、勝手な解釈によって手を入れさせない、後世の補筆、描き加えが分かった場合は除去することが望ましい。
 修復とはオリジナルを模倣することではない。修復の工程で付加する素材はもともと原作から失われたものを、ただ還元するにすぎない。修復の仕事とは芸術と関わり、科学とも関わり、豊かな経験と学識によって裏打ちされた者にしか出来ない。




                                               2008年12月20日